グループワークで感じた、「教えることで教えられる」の効果

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先日、3日間かけてセミナーに参加してきました。

このセミナーの特徴は、グループワークが多いこと。

一つの章が終わるたびに、セミナ参加者同士で

ペアを作り、その章で学んだこと・気付きをシェアするという流れでした。

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教えることで教えられる

教えることで教えられる、という言葉を良く聞きますが、

その意味するところは

  1. 自分が知らないことは教えることができない
  2. 人にちゃんと教えるために一生懸命学ぼうとする
  3. 人に教えることで(教えることができない部分に気づき)己の足りない部分をしる
  4. 人に教えようと声を出すことで、五感を刺激し記憶に定着させる

などでしょう。

が、

上述した「教えることで教えられる」の効果は、結局メンバーによって変わります。

例えば

  • 自腹でセミナーに参加しているやる気ある人
  • 会社の指示で仕方なく参加している人

では、同じ内容を聞いてもそのあとの効果が全く変わってしまいます。

一見当たり前のようなことを聞いたとき

前者は何を聞いても「何か一つでも多く学びとって帰ってやる」と思うのに対して

後者は「なんで当たり前のことをいっってるんやろ。全部実践できとるし。 早く帰りたいわ」

なんて思ったり。

で、問題はグループワークがある場合、

後者は、グループ全体に非常に悪い影響を及ぼし得るということです。

「場の空気」がとてつもなく淀んでしまいます。

上手く取り繕うとしていても、温度差を隠しきることはできないのです。

自分一人ならまだしも、周囲の人に悪影響を及ぼすのは避けたいところ。

「場の空気」というのは非常に抽象的な表現ですが

やはり「空気」としか表現のしようがありません。

馬に水を飲ませるには

この様な状況から

「馬を池に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」

という言葉を思い出します。

いくら会社が社員を教育しようと躍起になっても、本人にその気がなければ意味がありません。

連れて行き損です。

会社側から「折角労力かけて連れてきたのに、なんで水飲まないんだ!」とイライラしちゃいますしね。

会社がまず行わなくてはならないのは「馬の喉を乾かす」こと。

分かりやすいのは、危機感を植え付ける

  • このままでは昇進できない
  • このままではクビ
  • このままでは減給
  • そもそも会社が存続するか分からない
    (個人でも食べていくレベルのスキルを身に着けよう)

などでしょうか。

教えるから教えられることはあるのですが、それはメンバーが互いに切磋しようというときにこそ、ということで。

自分自身、気を引き締めて行きますよ。

=====

編集後記

親族の予定があり新潟に来ています。

日本酒をがぶ飲みすることになりそう。。。

一日一新

燕三条駅

鶴齢、真野鶴

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