「成長」という言葉に違和感を覚える件と今後の課題

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WEBでセミナー告知をみていると

「成長したい人必見」

「こうすれば成長できる」

「あなたは必ず成長できる!」

などの表現がよく出てくる。

「成長する!」と言えば良いことに聞こえるが、本当にそうなのか?

自分の中では成長したつもりが、見方によっては「実は成長してません。。むしろ退化かも。テヘッ」的な結果に終わることもあるのではないか

・ドラゴンボールとかでよくある、ムキムキにパワーアップしたけどスピードが犠牲になっていて勝てない、とか

・細胞にしても成長しすぎると腫瘍になるから、アポトーシスで自滅させるとか

個人的には「成長する」よりも「変化する」の方がしっくり来る。

とりわけ、長期間(ウン十年単位)に渡って向かい合うモノゴト(思考力や人間性とか?)ほど、

「成長」よりも「変化」を使いたい。

成長と言ってしまったらすでにゴールが見えているように聞こえるじゃないか。「これが正解ですよ」という明確な答えが。

ということで、私は「成長しよう!」というよりも

「変化しよう!」(将来、成長した!と胸を張って言えるかわからないがとりあえず動こう)という表現を使うようにしている。

ただ「成長」という表現がしっくりくる場合もある。思いつくまま、以下に挙げてみる。

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「成長」という言葉がしっくりくる場面

・レース(マラソン、トライアスロンなど)でゴールタイムが短縮できたとき

・算数の問題が解けるようになったとき

・子ども関連全般(喋れるようになった、立てるようになった、人見知りし始めた、、)

・足が速くなったとき

・仕事で目標達成したとき

・五感が鋭くなったとき(前分からなかったものが分かるようになったとき。隠し味にトマト使っている!など)

・ビックリマンチョコを大人買いしたとき

「成長」という言葉がしっくりこない場面

・闇雲な筋トレによるムキムキマチョメン化(体の連動性が失われるようなトレーニング)

・なんとなく資格を取ってみたとき

・頭の回転だけ速い

結論

ここまで書いて、あらためて

「目標・ゴールイメージが明確で、それに近づくことができたとき」

には成長という表現がしっくりくることが分かった。

逆に目標・イメージが明確でない場合は「それって成長なの?」「そもそも成長ってなんだっけ?」と感じる。

ってことで、

「成長したい!」と思う前段階には、明確な「こうなっていたい姿」「未来のセルフイメージ」「ロールモデル」が存在する

という当たり前な結論に落ち着いてしまった。

何かにつけて「成長ってなんなのよ?」「どうして成長しなきゃいけないんですかぁ?」などと

思う自分は、将来像があやふやなだけじゃん、ということだ。

その点、日頃から「成長」という言葉を使う人は、

みんな、それぞれのシャイニングロード(明確な将来像またそれに至る道筋)が見えているということなので羨ましい。

人の使う「成長」と自分の使う「成長」が同一では無いことに注意しつつ、

これから自分のシャイニングロードを探していこう。

=====

[編集後記]

免許更新に行く予定がいけず。。

横浜市に住んでた頃は即日発行できる警察署が近くにあったので

便利だったのですが、今は近くに即日発行できるところがない。

[一日一新]

自宅で赤スパークリング

=====

おわり

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