教える立場でギクりとすること

gikuri

今回はWEBで見つけた記事の紹介。

知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。

投稿の内容は五つのポイントから、知的かそうでないかを判定するというもので

詳細は上記サイトを覗いていただきたいのですが、個人的に三つ目と四つ目がビシバシきました。

三つ目は、人に物を教えるときの態度

知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけない、と思っている。そうでない人は、教えるためには相手に「理解する力」がなくてはいけない、と思っている

四つ目は、知識に関する態度

知的な人は、損得抜きに知識を尊重する。そうでない人は、「何のために知識を得るのか」がはっきりしなければ知識を得ようとしない上、役に立たない知識を蔑視する

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教えるときの気持ち

ボク自身、なにかしらを人に教えるときに

  • 「なんでこんなに細かく説明してもわからないんだ」
  • 「なんでもっとやる気ださないんだ」
  • 「反応がうすい!分かった/分からない、など意思表示してくれよ」

と思ってしまいます。

なまじ複数人を対象におしえる場面で、数人理解の早い人がいるとなおさら

上のような気持ちになるのです。

「Aさん、Bさんは理解してくれて、何が分からないかも明確なのに

なんでCさんはわかってくれないのか。反応も薄いし!(A,Bを見習えよ!)」

という気持ち。

相手に依存し過ぎない

上記のような状態は「相手に依存しすぎている」と考えます。

ありたい姿は「相手に応じて、適切な説明ができる」というものなのに

「この説明で分からない相手が悪い」という現状になってしまっています。

人のせいにしてしまっているという点で、これはよろしくないですね。

これから

「どうしたらわかってくれるようになるのか」

「どうしたらやる気がでるような環境を提供できるのか」

という視点を強化していきます。

現時点での課題はたとえ話が上手くないことなどでしょうか。

その人の興味のある範囲の話題でうまいことたとえ話できれば良いのですが。

これからも経験値積んで参る所存です。

=====

編集後記

ボクは自分が気になったネタを1つの場所に集めておくという意味でも

ブログを使っています。

「あ、そういえばこういう情報あったな」と思ったときに

自分のブログでキーワード検索すればすべて引っかかるような仕組みにしたいのです。

自分自身のための辞書作り、ですね。

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