管理職になりたいエンジニア その気持ちが少しわかった気がする

shima

メーカでエンジニア(ヒラのサラリーマン)として働きながら、

[なんでみんな管理職になりたがるんだろう? ]

と疑問に思っていた。

最近その理由の一部がわかってきた気がするのでだらだらと書いてみる。

先に結論だけを述べると、

「自分を中心に置く」のか

「成果物(+ チームで共有する喜び)を中心に置く」のか

という考え方の違いによるもので、

前者は「自分が全てを把握して独りで1から作り上げたい」ということを指し、

後者は「社会・顧客に最適な価値を提供できるようなチーム作りに貢献したい」ということを指す。

管理職になりたいと思う人は後者のパターンだろう。

もちろん、良い給料のため、地位や名誉のため、という動機もあるのだろうけども

今回はそこに注目していない。

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管理職になった人、なりたい人

上述したが、就職して上司や先輩同僚と話をしているうちに疑問に思ったことが

「なぜ、みんな管理職になりたがるのだろう」

ということだった。

というのは、

(職場が、比較的小規模で、開発部門が全社の8割程度の担っていたこともあり)

管理職になってしまうと、当然マネジメントを主に行うことになり

直接開発業務を行うことができなくなってしまうからだ。

これでは私が持っていた

「モノづくりができるエンジニア・手に職(技術)を持った人間になる」

という目標から遠ざかることになる。

予算が云々、人材の配置が云々、と悩む管理職の姿を見ては

「エンジニアとして幸せになるなら管理職にはなってはならないな」

と改めて感じていた。

そんなある日、飲みの席で執行役員と隣になることがあったので

酒の勢いも借りて

「Wさん、なんで管理職になろうとおもったんすか?楽しいんすか?

技術系の会社で技術を極める道から外れたことに不満ないんすか?」

と聞いてみたら

「管理職になると、扱うプロジェクトの規模が大きくなる。

局所的にものごとを捉えるのでなく、全体を眺めていかに最適にするか

それを考えるのが楽しいんだよ。」

と言っていた。

当時の僕はその言葉を聞いて「ふーん、なんかビジネス書に書いてありそうなこといってんなぁ」

くらいに思っていた。

ちなみにその役員は「山はいいぞ~」と熱烈に登山を勧めてきたのだが、そこは丁重にお断りした。

今思えば「登山」にも、抽象的なレベルで業務と通じる、何かしらのメッセージがあったのかもしれない。

余興の準備を依頼されて

話は変わるが、先日、結婚式を控えた友人Aの奥さんから(奥さんとは一度だけ面識があった)

「披露宴本番でサプライズムービーを流して、Aをびっくりさせたい。

Aの友人・同僚がダンスしているムービーをAにばれぬよう撮影してくれないか」

と頼まれた。

突然のことだったので躊躇したが

「頼まれごとは試されごと」と考え、引き受けることに。

早速、20人程度のメンバーのリストを受取り、

それを関連性の深いグループごとに分ける(マラソン仲間、職場の同僚、管理職など)。

グループごとに撮影内容を告知し、撮影日を相談しながら決めて行く。

メンバ全員と面識があるわけでもないし、返事を返さない人もいるし、ということで四苦八苦。

精神的に嫌になるたびに、

「私が頼まれたのだから、一人で何とか取りまとめなければ」

と軟弱な心に鞭打って右往左往していた。

そんな時、たまたまT先輩と話す機会があり

「今、サプライズ動画を撮ろうとしているんですよ~」

と、会話の流れで一言漏らしたところ

T先輩は

「なにそれ!面白そうじゃん。

リストには挙がっていないけど○○君とか△△さんにも出てもらったら面白いんじゃない?

本人には俺が話しつけるからさ」

とものすごい勢いで食いついてくる。

それからT先輩と二人でサプライズプロジェクトを推進することに。

撮影当日は、T先輩自身がダンスの振り付け指導までやってくれ、

管理職チームの撮影時も堂々と「もっと笑顔で!動きがかたい!」と指導し、盛り上げてくれる。

今の私にはできない芸当だった。

他のチームのときには、リストに載っていない人多数に声をかけ、

バックダンサーとして協力してもらうなどT先輩の影響力はすさまじい。

私が奥さんとの連絡や撮影日、撮影施設などの手配を行い、

T先輩が、私が直接頼みにくい人たちを掌握するという連携で

撮影はスムーズにすすんだ。

話が長くなったが、

このサプライズ動画撮影プロジェクトの経験を通して

「私が頼まれたのだから”私一人”で全てをリードし、取り組まなければならない」

という考えから

「人それぞれ得意分野は違うのだから、自身の弱点はその道に長けた人にやってもらえばよい。

なにも自分一人で抱え込まずともよいじゃないか」

という考えに変わった。

正直な所、前者の考えの裏には

「私一人で何とかして、私一人の成果としてもてはやされたい」

という気持ちもあった。

しかし、協力してくれるメンバを見つけることで、

私には思いつかない、たくさんのアイディアを出してくれたし

何より動画自体がクオリティの高いものになったと感じている。

今回のプロジェクト(サプライズ用に面白いお祝い動画を撮影する)の成果物という

観点からみれば、私一人でやるよりも数段良いものになった。

管理職になりたいエンジニア  その気持ちが少しわかった気がする

大学生の頃から

「すべての知識が一人の人間に集約されたときにこそ、最高のパフォーマンスが発揮される」

と考えていた。

たまに読むビジネス書には

「チームの連携を高めるためにコミュニケーション力が大切です」

なんて書いてあるのだが

「まぁコミュニケーションできないよりはできた方がいいだろうけど、どうせ一人が全て知っている方が成果出せるでしょ。

会話の行き違いはあるし、意思の疎通を他人と完璧にとることはできないのだから

”コミュニケーション”が成果を出す際の最大のボトルネックになるよね。

やっぱり一人が全て知っている方がいいじゃん。

といった具合の思考だ。

今回のサプライズ動画の撮影の際にも

「一人ですべてを解決する能力を養いたい」という

目的で試行錯誤した部分があったが、T先輩の協力を得て撮影を終えた後には

「結果的に協力してもらったお蔭で良いものができた」

「T先輩+αの数人で、チームとして共通の目的を達成しようとすることが心地よい」

と感じるようになっていた。

このときに、ふと「管理職になりたいエンジニア」の気持ちが少しだけ分かった気がしたのだ。

最初に持っていた「自分を中心に置いた」考え方、

例えば

  • 一人でなんでもできるようになりたい
  • 成果も独り占めしたい

などよりも「成果物(+ チームで共有する喜び)を中心に置いた」考え方

例えば

  • 依頼主がより喜んでくれるようなものを作りたい
  • だれかと共に取り組み喜びを共有したい

の方が、より高い幸福度を感じることができる。

そしてこれは

「一人でなんでもできるようになる」

ということが現実的には不可能であるということを認めたことになるのだが(すこし寂しい)

実際には、ある分野において自分より優秀な人がいるということが

常であるため、その様な人たちとどのように協力して

楽しく物事を進めてくかを考える方が多様性も広がり成果もだせると感じる。

管理職になりたいと願うことは

このような楽しみ・快感を求めているということなのだろう。

そして不思議と、お金のことや

課長・部長という肩書のことばかり

話している人ほど管理職になっていない。

今回、人を巻き込んで何かを達成する

ということを実践したことで

かつてビジネス書で読んだ

「チームの連携を高めるためにコミュニケーション力が大切です」

という言葉の意味を少し理解した気がする。

そして、そちら方面に進みたいと言う意識が強くなってきた。

今日の学び

【人にお願いする。人を巻き込む】

=====

編集後記:

印旛沼を一周ランニングしました(24㎞)。

ビブラムで走ったのですが、最後の5㎞はかなり苦しみながらのランとなりました。

20㎞を超える場合は、ビブラムでなくクッションのある靴で走るべきだったと感じています。

沼を一周するコースって、途中まで行ってしまうと一周走りきるか、元来た道を戻るかになって、

どちらにしろ一周分走らなければならないので

まとまった距離を走りたいという場合は強制力があります。

一日一新(一日にひとつ新しいことを行う):

・slow bar

・印旛沼一周

・アサイーと3種のベリージュース

・船橋のデパ地下

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